十一月の話。

 秋。
 紅葉色づく街道を、二人の旅人が歩いていた。
 一人は幼い顔立ちをした12,3頃の少女。枯葉に似た茶色の瞳は風景に無関心だと言わんばかり。背中に流した黒髪が、歩くたびにさらりと揺れる。大振りな剣を持っているところを見ると、剣士のようだ。
 そしてもう一人は、背の高い青年。色素の薄い髪は少女のそれよりも幾分か軽く、吹く風にもぱらぱらと舞う。髪の合間から覗く左目は幾分色素が濃く、人懐こそうで人を寄せ付けないような輝き。二枚に重ねたマントとブーツのバンドに見られる石は、魔道を使うものが好んで用いる装飾。
 そんな二人組は、特に目的もなさそうに街道を進む。
「ラ・シィル。この先の町まで、どのくらいだ?」
 はらりと舞い降りてきた紅葉を器用に捕まえて、くるくると弄りながら口を開いたのは少女。ラ・シィルと呼ばれた青年は機械ジカケの猫のような目を少女に向けて「夕方には着くよ」とだけ答えた。
「それにしても」
 少女は頷く代わりに高い空を軽く見上げて、小さなため息をついた。
「ラ・シィル。お前は本当にあの塔に囚われて居たのか?」
 それは疑いに近い眼差し。
 青年はそんな眼差しに、やだなぁ、と笑って返す。
「だって、ディーノ。君は僕を助ける為に城に踏み込んだんでしょ?」
 そう。そこなのだよ、と、ディーノと呼ばれた少女は少しばかり唸った。
「私は昔から、塔に囚われた者の話を聞いて育った」
 青年はうん、と頷く。
「そして、自分で助け出してみたいと剣術を習い、あの塔へ向かった」
 そうそう、と軽い相槌。
「しかし、そこまでなのだ」
 と、そこで再び怪訝そうに彼を見る。
「塔の中で何があったのか、一切、分からない……」
 気がつけば自分はあの門の前に立っていて。隣にはお前が居た。魔導師のお前だったら、通りすがった私に術をかけて思い込ませる事など造作も無いこと。と。
 それ故の疑い。
 なのに、彼はやはり、やだなぁ、と他人事の様に笑う。
「僕はずっと城に居て、そこに君がやってきた。そこに間違いは無いよ」
 機械ジカケの猫のような目を細めて、彼はそう、断言した。
 それは塔を出てからこれまでの数ヶ月間、ふとした瞬間に二人の間を廻る問い。
 いつも同じやり取りで、この後の科白も聞き慣れたものだ。なので、ディーノもこれ以上追及したって無駄そうだと判断し、そうか、とだけ呟いた。

 □ ■ □

 そのまま町を通り過ぎて街道を進むこと、数日。

 その日の宿がある街もまだ遠い、人通りの少ない場所で、人影が二人の前に現れた。
 首を傾げる二人に、お二人はご丁寧に自己紹介と言う名の口上を語り出した。

 要するに。
 魔道師と剣士の二人は、あの塔の番人だという。

「さ、大人しくあの塔に帰ってもらいましょう」
 なんて。悪役っぽさ満開の科白。
 そんな彼らに向かってため息をついたのはディーノだった。
「そこまで言うのなら、相手してやろう」
 かちゃりと剣の柄に手をかけて、どこか楽しそうに彼らを見据える。軽く声をかけたラ・シィルにも応えることなく。来るなら来い、とかけた手に力を込める。が、彼らは逆に鼻で笑った。
「魔道師様は高見の見物ですか?」
 そう言われてもラ・シィルはちょっと困ったように微笑むだけで、何も答えない。代わりに答えたのはディーノだった。
「そう。ここで戦うのは私だ。私がこいつを守ると、あの塔の前で約束したからな」
 お前は保護陣でも張って見てろ、そう言って彼女は、口の端を吊り上げた。

 剣と杖のぶつかる音、返す剣で剣士の技を迎え撃つ音。
 魔道師の声が響けば、その詠唱が完成する前に剣の柄を腹に打ち込んで中断させ、剣士が剣を振り上げれば、左手にとった剣の鞘ではじき返す。軽く焦りを見せる剣士に、剣越しに目で笑う。彼女の鞘と剣士の剣が離れた瞬間、彼女のケープがふわりと舞い、くるりと回ってステップを踏み、攻撃を繰り出す。
 それはまるで、テンポのいいダンスのよう。
 見事、ラ・シィルが手をだすまでもなく、少女は大の男二人をたった一人で相手していた。

 それはある意味、滑稽な光景。
 まだまだ子供と呼んでも十分な少女に、大人の二人が満足に傷も負わせることができない。
 一呼吸おいて、再び剣が杖を削る音が響く。

 それにしても。とラ・シィルは小さく思う。
 これはあまりにもできすぎているのではないだろうか。確かに、ディーノは強い。それは自分が良く知っている。しかし、彼らは想像以上に隙だらけ。これはまるで。

 彼がそこに気付いた瞬間、魔道師が杖の影でにやりと笑った、気がした。

 それを認識するより先に彼が感じたのは、自分の身体の違和感。
 体中が熱い。
 その熱は何か、と考える間もなく膝をつく。
 視界の隅で、異変に気付いたディーノが顔色を変えてこちらへ駆け寄る姿が見える。
 保護の陣なんか意味を成さなかったばかりか、咄嗟に術を防ぐことすら出来なかった。あぁ。こんな失態アイツに笑われちゃうや、なんて。どうでもいいことをこういうときに考えたりする。ぃゃぃゃ、そんな場合じゃない。と軽く頭を振るも、痛みのほうが意識を上回る。
 そんな朦朧とした頭で考える、間もなく。
 ディーノが彼の元へたどり着いて崩れ落ちた肩を支える前に。
 彼は「これが何なのか」にたどり着いた。

 それは、ディーノの攻撃を避けながら地面に描いた、陣での攻撃。
 手出し無用と言われた魔道師に向けてのそれは、通常使われる物とは違う――。

 確かに、彼女の事を考えたからとはいえ、何もせずにいたのは軽率だった。
 完全に自分の油断が招いたもの。

 しかし。

 これで勝ったと思うなよ。
 君達が番人なんかじゃないなのは、既にお見通しだ。

 □ ■ □

 視界の隅で、何かがふわりと光り、ラ・シィルが膝を突いた。
「!?」
 何が起こったのか、わからなかった。
 分かったのは、彼が倒れた。それだけ。
 分からないまま剣の鞘で魔道師の杖を弾き飛ばし、剣士に足払いをかけてからマントの根元を剣で地面に縫いつける。そのまま剣と鞘を捨てるようにして、彼の元へ駆け寄った。
「ラ・シィル!!」
 膝を付いて前のめりになる彼の肩を支えて、名前を叫ぶ。
 身体の何処にも異変は見当たらない。なのに、彼は苦しそうに顔を歪めている。
 その姿は、普段の彼にはありえないもので。
 途端に彼女を得体の知れない恐怖が襲う。
「一体何が? 返事をしろ! ラ・シィル!!」
 そんな不安を振り切って必死に声を張り上げるが、どこか喉で詰まったように掠れる。
「……を」
 苦しそうな小さな声。今にも絶えそうなそれで何かを呟き、そのまま肩を支えるディーノの手から滑り落ちて地面へ倒れこむ。
「ぇ……今、何て」
 動く手がぎこちない。指先がひどく冷たい気がする。
 そんな手で彼を膝の上へ仰向けに寝かせると、うっすらと目を開けて、彼女の目をまっすぐに見た。今にも泣きそうに彼を見る瞳に、いつもの機械ジカケの猫に似たような瞳だけで「大丈夫だよ」と小さく微笑んで、口を開いた。
「名前を……」
 とても弱々しく、今にも消え入りそうなそれは、彼女の不安と恐怖を形にして。
 「ぇ、名前?……ラ・シィル?」
 更に震え掠れた声で、ただ何も考えずに。呟く。
 しかし、彼は小さく、本当に小さく首を横に振ってそれを否定して。
「違う。その名前は……本当のナマエじゃない」
 ほら、と続きを促す。
「本当の、名前……?」
 ディーノはただ、その言葉を訳が判らないと言わんばかりに反芻する。
「そう。本当の、なまえ」
 さぁ、思い出して、と冷たい手を持ち上げて今にも泣きそうな彼女の頬へ触れる。
 彼女がその手の冷たさを頬に感じた直後。
 その手は急に、力なく落ちた。
「…………っ!?」
 青白い顔を、一層蒼白にするディーノ。
 目をそらした現実を見るかのように、穏やかというに相応しい青年の顔を凝視する。
 ひざの上でぐったりと横たわる彼を必死に揺さぶって。
「嘘……ラ・シィル!目を開けろ!」
 そして、必死に名前を呼ぶ。

 もう、周りなど見えていない。
 もう少しで、術が完成しそうな魔道師も。背後で剣を振りかざそうとしている傭兵も。なにも、見えない。彼女の視界には、機械ジカケの猫のような目をした、あの青年ただ一人が静かに眠っている。
 どんなに彼を揺さぶっても。名前を呼んでも。彼は。動かない。
「嘘だろう!?……返事をしろ!」
 必死で叫ぶ。
 視界が潤む。
 膝の上で今にも消え入りそうな、青年がぼやけ、歪む。
 頬に流れる暖かい感触は、視界を瞬間的に取り戻し、冷えると同時に視界を再び潤ませる。涙は彼女の声からも覇気を奪っていく。
 どんどん、声が弱くなる。
「なぁ……嘘だと、言ってくれ」
 お前を守ると、私はあの塔の出口で約束したではないか。と、力なく呟く。

 なんで。
 私ではなく、お前が倒れているんだ。

 魔道師が、にやりと笑う。
 彼の足元に、陣が展開される。

 彼女の涙が、彼の頬に落ちる。
 その瞬間。
 彼女の目の前に真っ暗な塔の最上階、最奥が見えた気がした。
 そして、彼女の意識とは無関係に、口が言葉を紡ぐ。
「応えろ!ユグ・ド・ラ・シル……っ!!」
 それは、呼ばなければ動かなくなりそうな青年への、最後の叫び。
 そして。
 青年は。応えた。

 巻き起こったつむじ風に彼女は思わず目を閉じた。
 次に目を開いた時、彼女の手元に彼は居なかった。
 目の前の敵も倒れている。立ち上がろうともせず、静かに地面に伏している。
「ぇ?」
 思わず涙が止まる。
 今まで手元に居た彼は?
 そう思った瞬間、自分の後ろで土を踏む音がした。
「……ラ・シィル?」
 それは直感。後ろにいるのは、さっき力尽きたはずの彼だ。
 いつものように、機械ジカケの猫のような目で、微笑んでいるに違いない。
 その予想は当たっているのか。
「うん?」
 振り返ることもせずに呼びかけた声に応えた声は、いつもの彼のもの。
「そこに、いるのか?」
「うん」
 聞こえる声は、いつもどおり。
 でも。振り返る事ができない。
 彼のほうを振り向いてしまったら、自分は自分でいられないような。そんな気が、した。

 どれ程そうしていたのか。沈黙の空気を崩したのは、彼のほうだった。
 ディーノ、と小さく呟いた後、どこか困ったように笑う。
「違う。『ディーノ』は僕。僕の、本当の名前」
 彼女は答えない。ただ、その声に耳を傾けると、彼――ディーノはそのまま言葉を続けた。
「僕の術。君が気付かない自信はあったけど……ホント、惜しかったね」
 その声は、褒めるようで。それで居て残念そう。
「ご褒美……とは言わないけど、ホントの事話そう」
 そう言って、青年は少女の前へやってきた。
 どこかぼんやりとした目で見上げる少女に、小さく微笑んで。
「僕は君の番犬。塔に囚われていたのは、君」
 と、短く告げた。
 彼女は、動かない。何かに混乱しているかのように瞬きをして、ただ、彼を見ている。
「思い出したくないかな?」
 そんな彼女を見て、彼は少しだけ困ったように呟く。
「じゃぁ、話すのは――」
「だめ。話して」
 やめようか、という言葉が出る前に、彼女は熱に浮かされたような焦点の合わない瞳のまま、ぽつりと呟いた。それは無意識に出た言葉なのかもしれないが、彼は「そう」とだけ頷いて話を続ける。
「どのくらい前かな……もう、夢にも見ないほど昔。君は僕の夢で僕を呼んだんだ。『今は無理だが、何時か時が満ちたら。私を解放してほしい』って。君はそれだけを僕に残した」
 よく考えたら、それを信じた僕もどうかしてたのかも知れない、と彼は小さく笑った。
「でも、僕は君を忘れられなくて。『その時』が来るまで城で眠り続けた。……夢で君に触れたからか、長い時間も苦じゃなかったよ。夢は長いようであっという間だったし、眠ってばかりというわけでもなかった。ただ、極端に眠る時間が長くなる。そんな気分。そして、同じ城の奥にある塔で眠る君を見つけた」
 彼女が、小さく身体を震わせた。同時に「ぃゃ」と小さく漏らす。
「塔の最上階へ行くのは簡単だった。人なんか居ない、罠もほとんど機能していない。それ以前に、人々の記憶にはただの古代遺跡としか認識されていない城と塔。あるのは城に残された財宝と塔に囚われたもの、それぞれに関する噂や伝承だけ」
 少女の手が震える。耳を塞ごうと上げたその手は、迷うように頬の辺りで止まっている。
 ディーノはそのまま話し続ける。
「そして、誰もたどり着けなかったらしいな、と思える最上階の一番奥。真っ暗な空間にぽつんと作られたドア」
 少女の目の焦点がずれる。
「ドアは施錠の術が染み付いて離れない程古くて」
 嫌、と小さく呟く。
「そのドアを開けたら」
 焦点が定まらない瞳のまま、痛む頭を抑えるかのように頭を抱える。
 その姿は、何かに怯えているよう。
「目の前には――」
 ここでディーノは言葉を切ってしゃがみ込み、少女の手の上に手を重ねる。
 その手を軽く握って、声をかける。それはこれまでの淡々としたものとは違う、目の前のものに話しかける口調。
「ラ・シィル。ここはあの塔じゃない。君はもう外にいる。大丈夫」
 少女の目の前に展開されている光景はきっと、自分に出会う直前まで彼女が居た場所。
 少女はディーノの声も姿も、何も見えていない様子でぶつぶつと何かを確認するかのように呟き始めた。
「私は。なんでここにいるの?」
 私はこんなの望んだ覚えは無い、と何も見えていない虚ろな目から涙を流す。
「外に、出して……」


 真っ白な意識から目を覚ました時の、あの部屋。

 鎖と鎖と枷と鎖と、錠と錠と鍵と錠と、鍵と枷と鍵と鎖。

 見渡す限り鎖と鍵と錠前。それらは壁床天井全てを埋め尽くし、そしてそれらは全て自分の手足を戒める枷に繋がっていた。身動きも満足に取れず、無機質で冷ややかな輝きが闇の中で鈍く光る。

 鎖と鎖と枷と鎖と、錠と錠と鍵と錠と、鍵と枷と鍵と鎖。

 音を立てるのは自分の呼吸とそれらの重い音。

 あの塔には昔から塔を監視する一族が居て。「世界の中枢」と呼ばれる力をただ恐れ、監視し続けていた。そんな神代にも近い程遠い出来事が忘れ去られ、一族が潰えたその日が過ぎても。
 これらの戒めは、解けない。
 それは永遠とも思える、永い間。

 この空間を閉ざすのは、
 鎖と鎖と枷と鎖と、錠と錠と鍵と錠と、鍵と枷と鍵と鎖。

 それは同時に、私の世界の全て。
 他の何も、見えない。聞こえない。

 鎖と鎖と枷と鎖と、錠と錠と鍵と錠と、鍵と枷と鍵と鎖。

 閉ざされた空間で、中枢は繰り返し思う。

 世界に必要とされる中枢は、世界を知る術を持たない。
 ただ、何も分からないまま恐れられている。
 そんなの、どんな意味があるのだろう。

 鎖と鎖と枷と鎖と、錠と錠と鍵と錠と、鍵と枷と鍵と鎖。

 無機質な部屋。冷たく鈍い音が響く。
 どうして私は目覚めたのだろう。
 ずっと眠っていられたら。

「力なんて、なかったら」
「うん。だから、僕は君に術をかけたんだ」
 未だ焦点の合わない呟きに、ディーノは機械ジカケの猫のような瞳で微笑んだ。
「君のこれまでの記憶を全て封じて。君はただ、伝承を聞いて育ち、踏み込んだだけ。囚われていたのは僕で、君はそんな僕を見事助け出したんだ。って」
 風が吹いて、彼の髪を揺らす。ぱらぱらと舞った髪が、銀に近い薄青の、右目と対になる色を持った右目を露にする。
「さぁ、僕の目を見て」
 空いた手で少女の顔を上に向かせ、目を覗き込む。
「さぁ、全て忘れて。名前も、あの風景も、君が存在する理由も」
 少女の目から涙が流れて、青年の手に染みる。
「君は、外からやってきたんだ」
 青年は優しく、言い聞かせる。
「君はディーノ。ディーノ=タルス。そして僕がラ・シィル。塔に囚われた者」
 さぁ、君の名前は? と問いかけると、少女は虚ろな目のまま、でぃーの、と繰り返した。
「そう。良い子だね」
 青年が頷くと、さらりと落ちた前髪が右目を隠す。同時に少女はふっと目を閉じ、青年の腕の中へ崩れた。
 そこから聞こえてくるのは、安らかな寝息。これはしばらく目を覚まさないかな、とラ・シィルはマントを一枚はずし、彼女の肩に掛ける。
「ラ・シィル。君が僕を呼んだのは偶然じゃないと思ってる。君に会えて良かったよ」
 なんたって僕は君の番犬なんだから。と寝息を立てる彼女に呟いて、彼はにっこりと笑った。

 □ ■ □

「……ん」
「目、覚めた?」
 彼女が目を覚ました頃には、辺りは既に暗く。
 がば、と勢い良く身を起こした少女が目にしたものは暖かく爆ぜる薪と、それに照らされて笑う青年。
「はい、お腹空いたでしょ」
 と、いつもの調子でパンを差し出す。
「ぁ、ありがとう……って、ラ・シィル! 身体は、大丈夫なのか……?」
 パンを素直に受け取ってから、ディーノは困ったように彼を見る。その視線を受けたラ・シィルは「うん?」と小さく笑った。
「身体なら、大丈夫だよ」
「……それならいいが」
 と少女は小さく口にした。
「お前が倒れて、駆け寄って……私はそこで気を失ったのか」
 お前は私が守ると、約束したのに。すまない。と、悔しそうに響く。
 そんな少女に青年は笑いかけ、
「まぁ、結果的に二人とも無事だったんだし。気に病むことはないよ」
 そう言って、カップによそったスープを彼女のほうへ差し出した。

 □ ■ □

 あのドアを開けた先。
 目の前にあったのはドアなんて意味を成さないほど重く垂れ下がり塞ぐ鎖と、それを繋ぐいくつもの鍵。
 鎖に触れて感じるのはと、ひやりとした拒絶。
 青年はその冷たさなど無視して、鎖を少しずつ分け進む。
 鎖と鍵の壁はそんなに厚くは無く。すぐに空間に出た。

「あなた、だれ?」
 重くて暗い鎖と鍵を押しのけて入った先の光景は、鎖と鍵と錠と枷でがんじがらめの人物。それは、何代目かなんて記録も残っていないほど昔、ここへ置き去りにされた、最後の中枢。そして、夢を通じて自分を呼んだ、少女。
 白く細い身体と黒く長い髪を鎖に絡ませて鎖の上に座り込んだまま、虚ろな瞳に目の前の訪問者を映す。
 そんな瞳に、青年は機械ジカケの猫のような目で笑いかける。
「僕はディーノ=タルス。君に会えるこの時をずっと、待ってたよ」
 そして、そっと手を差し伸べる。
「さぁ。ユグ・ド・ラ・シル。外に行こう」

 術をひとつ、施して。
 自分の事なんか忘れて。
 広い世界を、見に行こう。

一月に一つ、その月にあったお話を。
十一月です。紅葉の季節ですね?
紅葉→木→世界樹。なんて妙な繋がりを持たせつつ。こんな二人でございます。
彼の術を解く鍵は、今回の場合は「封じた名前」そんな小さなキィ・ワード。他にも何かあるのかしらー?(ぇ
この二人はこれから先長い永い旅をすることでしょう。書けたらいいなぁ。
それではまた来月。