「今日の話はなに?」
村の子供たちが集まる囲炉裏端で、白いひげの老人が細い目をさらに細くする。
ぱちぱちと爆ぜる火は部屋を暖かく照らし、子供の好奇心を掻き立てる。
「そうじゃの」
話し手は齢三桁を数える、といっても通じるような老人。聞き手は数人の子供たち。子供たちは皆、今日の話は何かと心待ちにしている様子。そんな彼らを一通り見渡した老人は、ふむ、と呟いて話を始めた。
□ ■ □
それはお前たちが知らないような遠い国、遠い昔の話での。
とある島には、三人の娘が住んでおった。
三人とも美しかったが末娘が特に美しい娘での、髪は金の絹糸のように流れ、瞳が綺麗で顔立ちもすっきりとした娘だった。その美しさのためか海神にたいそう気に入られ、それは仲睦まじく暮らしておった。
ところがそれを面白く思わない人々もおってな。その末娘に呪いの言霊を浴びせかけた。言霊を浴びた末娘はたちまち姿が変化し、自慢の金糸のような髪は蛇に、美しかった顔立ちは面影も無いほど醜く、背中には大きな黄金色の翼が生え、綺麗だった瞳も目を合わせたものがたちまち石となるほどの力をもった魔眼となってしもうた。
姉娘たちはそのひどい仕打ちに講義したが、それは聞き入れられないばかりか、逆に姉にも呪いの言葉を浴びせかけたのだ。
こうして化け物となってしもうた三人の娘は人里を離れ、孤島でひっそりと生活するようになった。
それでも面白く思わない人々の気は休まることが無くての。ある若者を一人、娘たちの退治にと差し向けたのだ。
若者は娘たちが化け物としか聞いておらぬからの、何の疑いも持たずに旅立ったのだ。途中さまざまな逸話も残っておるがそれはまた別の機会に話すとして、若者はその島へたどり着き、娘たちが寝ている隙に末娘の首を落としてしもうたのだ。
姉娘たちが目を覚ましたときにはもう、その若者は立ち去ってしまった後だった
末娘の呪いは死んだ後も解けることが無くての。死してなお、その瞳を見たものは岩になってしまうんだとな。
若者はその後、その末娘の首を証拠として呪いをかけた人に渡しての。
その首は盾に埋め込まれ、今でも保管されておるとの話だ。
□ ■ □
ここまで話したところで老人は「ふむ」と一つ呟き、緊張した面持ちの子供たちをぐるりと見渡した。
「この末娘の話はこれだけじゃ」
ぱちりとはじける薪に視線を移し、言葉を投げる。
その途端、子供たちの表情はどこか安堵したものになる。
「爺さま、その盾は何処にあるの?」
誰からとも無く出た疑問に、老人は「ふむ」とだけ頷き
「さてのぅ。もしかしたら屋根裏あたりにあるかも知れぬのぅ」
それは何処となく話を切り上げるもの。
かすかにざわめいた子供たちを見回すことも無く「そろそろ寝る時間だぞ」と声をかけると、一人二人と席を立ち始めた。
「それじゃぁ爺様、またお話聞かせてね」
戸口で振り返りながら子供たちは帰ってゆく。
一人、また一人と子供たちが減っていく中で、老人は身動き一つとらずにただ薪を眺める。
そして、一人になったとき。
「嫉妬深いだけの女性よりは。彼女の方が……別にあの姿でも、構わなかったのだが……」
そんな呟きを漏らす老人。
しかし、それを聞いていたのはぱちぱちと燃え続ける薪だけだった。
|