木陰で本を読んでいた。それは覚えてる。
別に目の前を兎が横切ったわけではない。横切ったとしても追いかけない。そもそも相手にしないだろう。
なのに。
何で自分はこんなところに居るのか。
□ ■ □
「やぁ、君もなんでもない日を祝いにきたのかい?」
紅茶の入ったカップを軽く持ち上げて微笑むのはシルクハットにコートの男。
「お茶、飲む?」
おずおず、といった言葉がよく合いそうな、ポットを抱えたうさぎ。
「Zzz……」
そんな二人+見知らぬ人(つまりは自分)に気付くこと無く眠っているネズミ。
つまりアレだ。
この三人は帽子屋、三月ウサギ、眠りネズミ。
僕の立場は不思議の国のアリス。そのままってこと。
別に急いでいるわけではない。出口は知りたいけど。
「はい、どうぞ」
促されて座った席に、白いカップが置かれる。そのそばにしっかりと砂糖とミルク、レモンのスライスや蜂蜜とトッピングがずらりと並べられている。オーソドックスに砂糖とミルクを入れる。
「それで、君はどうしてここにきたのかな?」
なんでもない日を祝いに来たようには見えない、と帽子屋。
「僕もよく分からないんです」
帰り道、教えてもらえませんか?と僕。
その質問は帽子屋にとって面白くないものだったらしい。「帰り道ならそこのゲートを出たらすぐだよ」と、実に簡単な答えが返ってきた。
「それではお茶会の議題にはならない」
と、紅茶を傾けながら目で「何か質問は?」なんて質問を投げかける。
質問、といわれても。ぼんやり考えながらクッキーをかじる。
「そうだな……どうしてなんでもない日を祝うんですか?」
その質問に反応したのはネズミだった。目覚ましに起こされたように、ゆっくりと身を起こす。
「ねぇ、紅茶に糖蜜を一杯」
そう呟いて僕にやっと焦点を定めた。
「なんでもない日をどうして祝うのか、って聞いたのは。君?」
ぼんやりとした目は、ただただ眠そう。ひとつ頷くと「そう」とか呟いてまた机に突っ伏した。
「どうしてなんでもない日を祝うのか、ねぇ」
カップに口をつけて、彼は楽しそうな笑みを浮かべた。
「答えは簡単だよ。誕生日、クリスマス、新年、祝い事は年中あるが、日にちとしては圧倒的に少ない。それは分かるかね?」
空になったカップを置いて頷く。すかさずウサギが紅茶を満たす。
「もちろん祝うべき日には盛大に祝うことが重要だが、圧倒的に数が多いなんでもない日を祝ったほうが楽しいだろう?」
こうすれば毎日がお祝い。ほら、毎日楽しいだろう?と微笑む。
よく、分からない。
その、祝う理由。なんでもないなら普通に過ごせばいいんじゃないか?
僕は怪訝な顔をしていたのか。帽子屋は僕を見て口の端を吊り上げた。
「結論は出たかね?さぁ、出口はあのゲートを出ればすぐだよ」
けど、さっきの紅茶に何か入っていたのか。
その言葉を聞き終わるより先に意識が落ちた。
□ ■ □
気が付くと、木陰に居た。
読みかけの本はおなかの上。時計を見ると1時間ほど経っていた。
そろそろ帰らないと日が暮れる。
本を閉じて立ち上がる。
軽い立ちくらみ。
その時「毎日楽しく過ごせって事さ」と、眠そうな声が聞こえた気がした。
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