「Trick or Treat!」
様々な仮装をして家々を回る子供達を視線の隅に残して、教会の脇を通り過ぎる。
正直、そんな行事に興味ないし。と、部活の疲れを引きずって帰路を急ぐ。
そんな時に限って声をかけてくる奴というのはいるわけで。
「ぁ、柿原君だ」
何も考えていないような明るい声が背中にかけられた。
その声の主はとんがった帽子にマントを羽織り、ご丁寧にブーツを履いて竹箒を持っている。服の色は全て黒。典型的魔女の格好、ってやつだ。
「……逆さ箒は客を遠ざけるぞ。笹岡」
だるさのあまり、そんなわけの分からない感想しか出てこないというやる気のない俺に、クラスメイトはぷぅ、と頬を膨らませた。
「遠ざけるのは嫌な客だもん。柿原君は別に嫌な客じゃないから遠ざからないでしょ?」
ちょっと拗ねるように呟いた後、彼女は後ろで一つに束ねた髪を揺らしながらずい、と手を出してきた。
「……なんだよ」
「とりっくおあとりーと。ってことで」
さっきの拗ねた調子は微塵も残っていないような笑顔で無邪気にお菓子をねだる。
「持ってない」
「ちぇー。飴くらい持ってると思ったのにな」
そういってごそごそと自分のポケットから飴を取り出す。それは何の変哲もないキャンディーに見える。
「これはね。今夜限定の特別なキャンディーなんだから」
夢を見るような表情で飴の包みを解く。思ったより白い指で飴をつまんで月明かりにさらし、そのまま空いた手で俺を手招きする。
「ほら。月入りのキャンディーだよ」
覗き込んだ透明なキャンディー。それには月がぼんやりと透けて見える。
ホント、飴の中に月が入り込んだように見える。
「ハロウィン限定、月明かりの飴。はい、柿原君にあげるよ」
「あ?」
口をあけた瞬間、ぽいっと飴を放り込まれた。
途端に広がる甘い味は、どことなく涼しい。ハッカとかそういうのではない、冷たい甘さ。
「おいしいでしょ?」
目の前の魔女は無意味にご機嫌。俺はただ頷く。
彼女はとても満足そうな笑顔で「今夜限定だからね」と言葉を続けた。
「さて、俺はそろそろ帰るぞ」
飴を転がしながら、夕食の時間が近づいた時計を示すと、ちょっとだけ彼女はさびしそうな顔をした。でも、すぐに先ほどの笑顔になる。
「そっか。もうそんな時間か。じゃぁまたね、柿原君」
そういって手を振った彼女にひらひらと手を振って背を向けた。
□ ■ □
次の日。
笹岡は学校に来なかった。昨夜はしゃぎすぎて風邪でもひいたのか。
そのくらいにしか考えていなかったが、授業が始まって初めてそれがおかしい事に気づいた。
誰も、気づかない。
笹岡がいないこと、その机がない事、昨日まであんなに仲がよかった女友達ですら彼女の事を気にかけない。
「なぁ、笹岡は?」
手近にいた女子に声をかけると、返ってきた返事は妙なものだった。
「笹岡?それ、だれ?」
「は……?うちのクラスの女子だよ。こう、髪が長くて……」
疑問符を顔に出す彼女に説明しようとして、気づいた。
俺も、彼女の細かいところを覚えていない。髪が長い、他には?
目の色、表情、制服を着た姿。机の位置もクラスの係りも。どれも分からない。今まで気にかけた事がなかった。それもある。でも、クラスで一番喋らない女子でも印象くらいは言える。
「そんな子、クラスにいないよ?」
首をかしげたクラスメイトは、その後気づいたかのように言葉を続けた。
「そういえば、先輩から聞いたんだけどさ。この学校、出るらしいよ」
両手を前にだらりと下げて、これ、と呟く。
「なんでも、この学校には昔死んだ女生徒がいるんだってさ」
あぁ、だからか。
昨日はハロウィンだから。仮装をした子供達が多いから。
その中に混じって同じ年頃の俺を見つけたのか。
□ ■ □
帰り道。昨夜の教会へ立ち寄った。
「笹岡」
小さく呼ぶと、「なぁに?」と声だけが聞こえた。
「……声だけか」
「だって。今日はもうハロウィンじゃないもの」
響く声は昨日と同じ。妙に上機嫌で明るいもの。
「お前、学校の生徒じゃなかったんだな」
呆れたように響く声に返ってきたのは、否の返答。
「いや、生徒だよ」
ずっとあの学校の生徒だよ。授業にも出てるしね、と、風の音に混じって聞こえた。
「じゃぁ、あれか。お前が学校で噂の幽霊か」
その質問の答えは、見事風にかき消された。
それでも。「違うよ」と言った事だけは分かった。
あれからしばらく。季節は移り変わって。
「とりっくおあとりーと。柿原君」
部活帰りの教会脇。
今年もあのクラスメイトはニコニコしながらずいっと手を差し出してきた。
「今年はちゃんと持ってきたよね?」
なんて、期待した笑顔を携えて。