天体観測にうってつけな、ある夜のこと。
ぼんやり見ていた寒い夜空に、赤い雫が落ちるのを見た。
それは冷たい星の光る。学校の屋上。
たった一人でたたずんでいた僕は、突然落ちてきた赤い雫に目を奪われた。
それは夜の闇の中で、
絵の具のように鮮やかで。
星のように煌いて。
月のように輝いて。
それから。
それから、そう。
宝石のように美しかった。
雫は静かに落ち続けて。
屋上に赤を散らしていく。
明るい月で照らされたそこに、赤い花が散っていく。
手を伸ばせば、あっという間に赤い雫が彩りを添える。
それは、赤いあかい。純粋なまでに美しい、闇を含んだような赤。
思わず見とれたその色は、僕を魅了するのに十分で。
あっという間に飲まれた僕は、その雫の主を知りたくなった。
主を知るのは簡単で。
少し見上げたフェンスの上に。そっと佇む一人の女性。
黒い服は闇より暗く、月より明るく。
背中に流れる白い髪は、雪のように真っ白で。
そして。
何も見えないその瞳から
ただ、ただ。
赤い雫を流し続けていた。
――涙。
そう、それが涙だと気付くのには時間がかかった。
ひどく長くて、短い刹那。
僕は迷わずフェンスを登り。
足場なんて、考えもせず。
気が付いたら。そう、気が付いたら。
僕は彼女を抱きしめていた。
足場はとても頼りなく。
彼女はとても温かく。
赤い涙は美しく。
僕は彼女を抱きしめて。
「僕が居るから泣かないで」
ただそれだけを夜風に乗せて。
赤い涙に口付けた。
蜜のようにひたすら甘く。
花のようにただ芳しく。
清水のようにとても清く。
それから。
それから、そう。
林檎のような 禁忌の味。
一体どのくらい経ったのか。
彼女の涙は止まっていた。
僕は彼女をそっと離し。
あっという間に訪れた自由落下に身を任せた。
そして今日も。
彼女は一人。
赤い涙を流しながら。
そう、
たった一人で泣き続ける。
その涙を止めることができるのは、隣に座る僕一人。
彼女の涙は僕のもので。
彼女は僕の。そう。僕のために泣き続けるのだ。