あの夜、彼女は震えていた。
ソファの上で毛布をきつく身に纏い。
小柄な体をさらに小さく縮ませて。
名前を呼んで軽く肩をゆすると、彼女ははっと目を覚まし、こっちを見た。
怖いものを見るように。
怖いものを見たかのように。
少しだけ間を置いて。
とてもとても、ほっとしたように。
ぼろぼろと涙を流してしがみついてきた。
「――なにか、怖い夢でも?」
抱きしめるわけでもなく、しがみつかれるまま。彼女にそっと尋ねると、服に顔を押し当てたままこくりと頷いた。
そのまま彼女は泣き続ける。
声も上げず、ただ肩を震わせて。
ただただ、服にしがみつき、顔をうずめて。
どの位泣いたのか。
「――――みんな、いなくなっちゃうの」
彼女はポツリと呟いた。
「どれだけ探しても……誰も居ないの」
そう言って、服を握る手に更に力を込める。
『居なくなったりしませんよね』
そんなコトバを精一杯込めて。
それでも彼女は妙なところで強がりだから。
そんなコトバを精一杯飲み込んで。
ただ、静かに震えていた。
抱きしめたりはしない。
しがみつかれるまま。
ただ。
そっと彼女の髪に指を通した。
しゃら、と静かに音を立てて流れる髪は、仄かに冷たい。
「――良いおまじないを教えてあげるよ」
ただ、コトバを夜に溶かすようにそっと呟く。
「名前を、呼べ」
そのままさらりと頭をなで、言葉を続ける。
「苗字じゃなくて、名前。夢の中だろうが構わない。すぐに駆けつける」
夜の部屋は、何処までも静か。
声だけが、静かに解ける。
「お前だけに、名前を呼ぶことを許すよ。
――それが、お前と僕の『不可侵領域の絆』だ」
その言葉が彼女に安心を与えたのかは定かではないが。
彼女の涙と震えは、いつの間にか安らかな寝息へと変わっていた。