一月の話。

 さすが一月。肌寒い。
 暦の上では、という前置きも付くが春も近い。
 っつーか。ホント、寒い。はぁ、と息を吐くと白くなる。
 あぁ、寒い。
 ……寒いと思えば思うほど寒くなるという話もある。
「……走るか」
 学校までの徒歩5分間。走れば付く頃にはあったかくなってるだろう。

  □ ■ □

 学校にたどり着く。白い息を弾ませて校門をくぐり、教室へ向かう。
 「……ゎ」」
 廊下で思わず足を止める。振り返ってみるも、声の主は居ない。
 気のせいかと足を上げたその時。
 足元に何か居た。
 赤い膝丈の着物に型でそろえた黒い髪。サイズは……自分のすねに頭が届くかどうか。
 霊感なんて、無い。これまでそんな体験したことも無い。なのに何で突然。
 いろいろ考えているうちに、その赤い人形はよいしょ、といわんばかりに俺の上履きの上へとよじ登った。
「……お前、何?」
 その人形は俺のズボンにしっかりとつかまって、にっこりと笑った。
「私が見えるヒト、久しぶりに見ました。……ぇっと。おはようございます」
「ぃゃ、おはよう、じゃねーよ」
 呟きながら、歩き出す。人形は「ゎ」と声を上げてズボンにしがみつく。
 そのまま教室に入り、席に着く。
 一息ついて、足元に目をやる。
 そこに居るのは涙目でしがみついたまま固まってる人形。ぁぅぁぅ、という言葉はこういう時に使うのではないかというほどの、必死な顔。そんな顔を見ながら1限目の教科書を開き、机の上に上げてやる。すると人形は教科書で囲われた空間で一息ついた。呼吸が整ったのを待ち、もう一度訊ねる。
「で、お前、何」
「ぁ、ぇっと……私は、その」
 要領を得ない。急にもじもじしだした。
 上目遣いで俺を見上げては目をそむける。それを数回繰り返したところでイライラしてきた。頬杖を付いて「その、何だよ」と急かすと、泣きそうな目で俺を見て。それから俯いて「睦月の初春、といいます……」と名乗った。
 ははぁ、睦月。それは一月の異名。
「で?何のために俺のところに?」
 始業のチャイムが鳴り響く。眼鏡をかけた細身の古典教師が入ってきて、教科書のページ数を告げる。黒板に単元のタイトルを刻むチョークの音が響き始める中、彼女の声は細々と続く。
「んと、私、待ってるんです。それで、場所が分からなくなって……」
 うろうろしてたら俺に蹴飛ばされかけた、と?
「うろうろしてたら蹴り飛ばされそうに……」
「考えたことをそのまま繰り返すな」
「!……超能力者ですか?」
「……違う」
 古文を読み上げる教師の声が教室に響く。ノートをとり始めると、その人形……彼女は黙って机のすみに正座した。

 授業が終わって教室がざわめきだす。そんなざわめきに乗ることなく再び彼女に目を向けると、正座したまま目をつぶって授業の余韻に浸っていた。
「久しぶりに聞きました」
 と、どこかうれしそうな顔で、俺にとっては退屈以外のなんでもなかった授業の感想を述べられる。ぃゃ、隣の奴寝てたし。そもそもあの教師の授業は、教科書読んでただ訳していくだけでつまらない。と、俺は思う。
「ぃゃ、それはいいんだが。で、お前は誰を待ってるって?」
「ぇっと……如月の初花です」
 にっこりと笑ってその名前を呼ぶ。
 その名前にも聞き覚えがある。あぁ、2月の異名か。
「……じゃぁ、そいつの待ち合わせ場所さっさと思い出してやれ」
 次の授業の教科書を出しながら呟くと、彼女は「そうですね。それではお世話になりました」なんてぺこりとお辞儀を一つして窓から飛び降りていった。

  □ ■ □

 そして。
 赤い着物の少女が去って。2月になった。
 今日も相変わらず寒い。家までのラスト5分、走ってみることにする。
「ただいま……っと」
 二階に上がって部屋の戸を開けると。
「ぁ、おかえりなさい」
「あら、走ってきたんですか?」
 にこやかな顔で迎える赤い着物の少女と、白い着物の少女。
 ……なぜか二人に増えていた。

一月に一つ、その月にあったお話を。
一月です。ちょっと遅くなりましたが。
雪を題材にした話は1月には早い気がしたので来月へ。南だからでしょうか。(何
彼女たちは何なんでしょうか。これからも増えるんでしょうか?
それは皆様の想像にて。十二ヶ月全員考えてみるのも楽しいかもしれませんよ?
ではまた来月。