十月の話。

「?」
 それは部活の帰り道。揺れるのは土手のススキ。
 聞こえるのはススキのさらさらという音、時折通る車の音、それから俺の足音。
 そんな音の少ない夕暮れで、どこからともなく声が聞こえたような気がした。
 立ち止まって見回しても、見えるのは後ろから影を伸ばす赤い太陽。目の前はもう、夜間近。気のせいか、と小さく呟いて足を進めようとする。
「ねぇ、あそぼう?」
 進めようとした足が止まった。
 振り返って見えるものはきれいな夕焼け……だけではなく。小学生ほどの少女。しかし。その格好はおかしい。夕焼け空に映える紅い着物、夕日のような赤い瞳、それには全く似合わないような真っ白な髪という、時代錯誤としか言えない様な格好。そんな少女は肩でそろえられた髪を揺らすこともなく、ただ怪訝な目をする俺を見つめていた。
「ねぇ、あそぼう?」
 それだけを口にして、手にしていた鞠を差し出す。その目はまっすぐ、俺を見る。
 本来だったらきっぱり断るところだが、喉元まで出かかった「他のやつを探せ」が出ない。「俺は忙しいんだ」も「もう遅いから帰れ」も出ない。

  □ ■ □

 鞠つきをしていると、いつの間にか鞠月が昇っていた。
 神無月の月は、丸くて大きい。「ちゅうしゅうのめいげつ」という言葉を思い出す。
 川辺で一緒に遊んでいたみよちゃんもかえでちゃんもいつの間にか居なくなったのに、私ひとりが月を見ていた。
 その鞠月はいつまで経っても欠けない。少しだけ小さくなってもずっとずっと、丸いまま。私はそれが怖くてこわくてとてもコワクテ。どんどん赤くなる月が私の目を染めていっても。風のように、周りのけしきが変わっていっても。家がなくなって、またたって。田んぼがいっぱいだったところがどんどん知らないものに変わっていっても、ただそれを見ているだけで。その変わり方はすごく怖くて、私の髪は真っ白になってしまった。その怖い中で、泣くことも分からなくなった。
 でも。そのまん丸と思っていた鞠月は、ある日突然欠け始めた。あっという間に欠けて、長くて短かった夜が終わった。
 私が立っていたのは遊んでいた川辺。川の形はそのままなのに、地面は石で硬くなっていて、見た事もないものがいっぱいになっていた。動くこともできないまま、あっという間だったおひさまが沈むのをぼんやりと見ていた。日が暮れたらもう見る事はできないかもしれないと、誰も通らない道で見ていた。
 そして。
 通りかかった男の人に、声を。かけた。
「ねぇ、あそぼう?」
 また夜の中に戻ったとき、1人はとてもさびしいから。誰でもいいから、一緒に居て?

  □ ■ □

「ねぇ、知ってる?昔ここで居なくなっちゃった生徒が居るらしいよー」
「ぇー。なんかこわいねー」
 なんて噂話をしながら夕暮れ道の土手道を歩く。
 その話は数日前からささやかれているもの。よくある怪談話ってやつ。それでも女の子のウワサバナシとなればあっという間に尾ひれがついて。神隠しだ、なんて古めかしい単語が飛び出したりもする。
「神隠しかぁ、会えるもんならあってみたいよね」
 そんな事を冗談っぽく笑いながら話す友人に相槌ちを打ったところでふと、足を止めた。
「どうしたの?」
「いや、声が聞こえたような気がして……」
 そう。声。
 なんとなしに振り返る。振り返った先には、真っ赤な夕焼けと女の子。
 夕日に溶けそうな赤い着物。無邪気そうでまっすぐな赤い目。それを打ち消しそうなほど真っ白な髪。イマドキそんな服を着ている子供なんて、普段は見かける事がない。
「どうしたの?迷子か何か?」  悠長に少女に話しかける友人を見ていて、ふと気づいた。ここにいるのは少女1人ではないのではないか?
 でも、少女の他に人影は私達しか居ない。私達しか見えない。
 なんだか背中がひやりとした。そして同時に、少女は私達に声をかける。
「ねぇ、あそぼう?」

一月に一つ、その月にあったお話を。
十月ですね。お月見、満月、神隠し。(ぇ
少女は一時期トップに居た「鬼灯」です。あの子をイメージしてできたお話ですから。
出くわした人はどうなるのか、消えちゃうのか戻ってくるのか。そこは皆様の想像次第、といったところでしょうか。
ではまた来月。