私は異形のものらしい。それは自分でもよくわかる。
生まれつきの真っ白な髪、南天の実のように赤い目。ソレはまるで兎のような姿。
兄弟姉妹はみんなそろって私のことを影でこう、ささやく。
「あの子は父親が殺した兎の霊に憑かれている」って。
「遠き胡の国では、冬にある聖人の生誕を祝う聖夜なるものがあるらしいですよ」
いつものようにおっとりとした口調で、女房の伊勢は御簾をくるくると巻き上げながら、私なんかが見ることは決して無いような国の話を唐突に持ち出してきた。
御簾の向こうに広がる絵巻物のような雪景色は、せっかく温まった部屋の温度を下げてゆく。そんな火照った頬に心地いい冷気をぼんやりと受け入れながら、伊勢の話に耳を傾ける。
「何でも聖夜には皆で宴を行い、夜中になって皆が寝静まると外から贈り物が投げ込まれるとか」
その話は、床に散らばった貝や絵巻物や琴なんか関係ないくらい日常からはかけ離れた話で。唯一私が想像できたのは何処の国でも同じように白くて綺麗で冷たいはずの、積もる白雪。
「伊勢。その贈り物を投げ込むのは誰なの?」
脇息にもたれかかったまま口を開くと、伊勢はにこりと笑って「はい」と頷いた。
「そのものは誰も起きていない頃を見計らってやってくるので、姿を知るものはいないそうです。ただ、姿は見えずとも外は寒いだろうということで、温かな飲み物と少しばかりの菓子を置いておくという習慣があるそうですわ」
その話は、とても遠い。
胡の国なんて、唐よりも天竺よりもさらに向こうの果ての国。これまで伊勢から聞いた話によると、胡の国の人たちは背が高く、鼻が長く、髪は金糸や銀糸のようだという。
ただでさえこの部屋から出歩くことをしない私にとって、もはや想像でしかない彼らの暮らしは、懐かしさも親しみもまるで無い。
なんというか。
完全に絵巻物の中のさらに奥、といった感じ。あまりに遠くて手に届かない、たとえソレが事実であっても想像の産物へと戻ってしまう。そんなもの。
「知らないうちに贈り物、かぁ。……でもそれって生誕を祝うものとどう関係があるんだろうね?」
ぽつりと呟いたそれは、伊勢の耳に入らず部屋の暖気に運ばれて雪へと溶けていった。
「今、何かおっしゃいましたか?」
「……うぅん、何も。それにしても、今日はいつもより冷えるわね」
「そうですね。では、先日いただいた唐菓子でもいただきましょうか」
□ ■ □
あの話から数日後。
年の瀬の行事や新年の準備で周囲がばたばたしだした頃。
その日はなぜか、やけに早く目が覚めた。
いつもは伊勢に起こされるまで衾の中で寒がっている私が。まだ夜も明けきらないうちに目を覚ました。
夜明け前というものは、思いのほか寒い。
はぁ、と白い息をひとつついてから暖かな場所を求めてもそりと動く。
と。
視界の隅に何か見慣れないものが入った。
ぅん?と衾にもぐったまま顔を向ける。
そこにあったのは包み。そんなに大きくない。どちらかというと小さい。でも、普通の贈り物とは違ってきちんと包まれていて、可愛く飾ってある。
というか。何でそんなものが私の枕元に置いてあるのか。
手を伸ばす。かさりと手に触れた包みはひんやりとしている。
衾の中で開封すると、手のひらに収まるほどの赤い櫛。
白い小さな兎がたたずむソレは、私の白い髪によく映えるだろうか。
「……夜中の間に投げ込まれる贈り物、か」
これはきっと、伊勢の仕業なのだろう。と小さく笑って包みを戻す。
「伊勢、この櫛どう?」
軽く結ってみた髪に、赤い櫛を挿す。私の真っ白な髪に一点だけ瞳と同じ赤がともる。
「あら、その櫛素敵ですね。よくお似合いですよ」
いつもと同じ、おっとりとした声と笑顔。
「そっか。よかった」
心の中で小さく「ありがとう」という言葉に変えて、微笑む。
「それにしても、その櫛どうなさったのですか?」
伊勢は笑顔を崩さずに尋ねてくる。
その言葉はとても意外で。というか寝耳に水。
遠くで鳴り響く鈴の音の空耳が聞こえた、気がした。