「しゅくだいおわらないー!」
だぁ!とプリントを盛大に天井までばら撒く。もう、算数なんて嫌いだよ。世の中100グラムのお肉はちゃんとした整数で売ってあるんだ。掛け算割り算までで十分。だから、□や△の記号の数字は何か、とか分数の計算なんて普段使わないよ。ホント。
なんてぶつぶつ考えながら、はらはらと落ちてくるプリントをこのままぼんやと眺めていると部屋が散らかることに今さら気づく。あわてて拾い集め、ため息をつく。
集めた宿題抱えてカレンダーをちらりと見ると、日付は8月2日。まぁ、カレンダーがそうなだけで、世の中というものは夏休みラスト一週間。これで宿題がまだ残ってるなんて……。
ちょっとしょんぼりしていると、部屋のドアが開いた。
「宿題やってるかー」
そんな言葉をかけながら入ってくるのはいとこのお兄ちゃん。もう、私よりも二つ上の学校に通ってて、勉強を時々教えにくる。とはいっても、うちのお母さんが勝手に頼むだけなんだけど。私はそんなに嫌いじゃない。なんだってこのお兄ちゃん、私のはつこいのひと、なのだ。
「宿題……今放り投げたのを拾った所」
むーっと膨れたまま答えると、お兄ちゃんは「お前らしい」と笑ってから、小さな箱を目の前に差し出した。
「なにこれ」
「ん?水津香がみきちゃんにぷれぜんとー、だってさ。手作りのクッキーだから一緒に食べて宿題がんばってね、って」
くすくすと笑いながら箱を手渡す。わくわくしながら箱をあけると、お兄ちゃんの言った通りみづか姉ちゃんのクッキーだ。くまや鳥の形をした型抜きクッキー。私のお気に入り。
「みづか姉ちゃんにありがとうって言っといてね」
みづか姉ちゃんは、お兄ちゃんの「彼女」。時々一緒に遊びに来て相手をしてくれる、私にとってもいいお姉ちゃん。友達に話したら「そういうのライバルって言うんだよ」なんて言われたけど。それはそれ。みづか姉ちゃんもお兄ちゃんも好きなんだからしょうがない。
お母さんが持ってきた冷たい紅茶とみづか姉ちゃんのクッキーで、お兄ちゃんに教えてもらいながら少しずつ宿題を進める。さすがお兄ちゃん。私の分からない問題もあっという間に教えてくれる。うん。宿題がとっても早い。
「ところでさ、お兄ちゃん」
鉛筆を止め、クッキーをかじるお兄ちゃんに声をかける。紅茶を口に運びながら、ん?と首をかしげて答える。
「お兄ちゃんはみづか姉ちゃんのどこが好きなの?」
「!」
あ、お兄ちゃんむせた。日曜夜のアニメの女の人そっくりにクッキーと紅茶をのどに詰まらせてる。そのまま紅茶を一気に飲んで、大きくため息をつく。苦しかったのか、顔がすごく赤い。クーラー、強くしたほうがいいかなぁ?
「ぁー、えっとだな、みき」
部屋の天井をじっと見て、いつものお兄ちゃんらしくない話し方をする。
「その質問はちょっと、答えにくいな……」
「なんで?好きなところ、ないの?」
「そんなことは、ない。うん。それはない。なんというか……ほら、お前のお気に入りのくまがあるだろ?みきはそれのどこが好きなんだ?」
「全部」
きっぱり答えた私に、お兄ちゃんはうん、と頷く。
「じゃぁ、好きな部分をあげてみろ?」
「んー……」
考える。私のお気に入りのくま。ふかふかで、あったかくて、小さい頃からずっと一緒でとてもとても大切で。
「……わかんない。全部好きだもん」
いっぱい考えて困った私の頭に、お兄ちゃんの手が乗った。そのままぽんぽんとなでられる。
「な。どこって言われてもわかんないだろ?それと同じようなもんだ。お前はまだちいさ……いや、若いから、もうちょっと大きくなったらはっきり分かると思うぞ」
こうやってお兄ちゃんは、私はただのいとこだと言うのだ。私のキモチはお兄ちゃん知らないから、私が泣きそうなことにも気づかない。でも、泣かないよ。大丈夫。私は今も、お兄ちゃんとみづか姉ちゃんが大好きだから。
でもさ。今この時間だけは、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんでいいよね。
みづか姉ちゃんは、私の負けが完全に決まっても「らいばる」なんだから。