「ゆうびんでーす」
梅雨が明けたばかり、これからが夏本番の青空の下に、元気のいい声が上がる。
郵便のマークが入った赤い鞄を肩にかけ、白い上着に青いプリーツスカート、ブーツに鞄と同色の帽子をかぶった12,3歳ほどの女の子。彼女は見てのとおり、郵便屋だ。元気に走り回り、様々な人の橋渡しをする少女。しかし、誰も彼女の名前は知らない。彼女がいつから手紙を届けているのかも。
「あの、其処のお姉さん」
学校の帰り道。後ろからかかった声は、かわいらしい郵便屋さんのものだった。
振り返ると、いつものように目深に帽子をかぶった少女が立っていた。
「お姉さんに、郵便です」
そういって、彼女は淡い水色の封筒を差し出した。
差出人の名前はない。切手、消印、私の住所すらも書いていない。封筒に見られるのはただ一つ。「園原 美月さん」という私の名前だけ。
「お姉さん、開けてみて」
郵便屋さんはただニコニコと、私が封筒を開けるのを待っている。きっと私以上に開封される瞬間を待ち望んでいるに違いない。そんな、クリスマスのプレゼントを開ける直前のような顔。
封筒はのりで封をしてあるわけでもなく、すんなりと中身が取り出せた。
中に入っていたのは、封筒と同色、青空のような便箋。そこにはとても丁寧な字で「園原美月さん、突然の手紙で驚かせてしまったと思います」という謝罪が真っ先に書かれていた。
それはとても懐かしい。数年前に突然居なくなった幼馴染の字。
私は目の前に立つ少女の存在を忘れて手紙を読み進めた。しかし、読み進めることはできない。さすがに数行で終わっている手紙は、際限なく読み進めることなんかできない。あっけなく終わってしまった。
「あのねお姉さん」
あっさりと終わった手紙に呆然としかけた私に、郵便屋さんが声をかけた。
「その差出人はね、お姉さんのこと忘れたことなかったって。昔と同じように、大切に思ってるって。だから、もうちょっと待っててって。そう言ってたよ」
「――――っ」
ぱた、と淡い水色が青に染まる。ぱたぱたと落ちる雫で、模様が形作られていく。
ばか、馬鹿、バカ。
心の中でそう呟きながら、袖を目に当てる。
「お姉さん」
郵便屋さんは帽子をいつも以上に目深に下げ、口の端を吊り上げた。
「大丈夫、泣かないで。お姉さんにはまだすることがあるから」
そういって少女は真っ白な便箋を取り出した。
「さ、返事。お姉さんが書く番」
私はしばらくかけて、精一杯の返事を書いた。
いっぱいいっぱい文句を言って、それ以上に言葉を詰め込んで。
同じように渡された封筒に入れた頃には、涙も乾き、すっきりしていた。
「では、お返事お預かりしました。ちゃんと届けるから、安心してくださいね」
少女が鞄にしまいこむ封筒は、ほんのりとピンク色に染まっていた。
では、と背中を向けた郵便屋に、私は思わず声をかけた。
「ねぇ、この手紙どこから来たの?」
郵便屋はぴたりと足を止め、ちょっとだけ振り返って答えた。
「知らないよ。ただ、ポストに入っていたものを届けるのが郵便屋の役割だから」
これだけ答えて、少女は向こうへと歩き出した。
私はこれ以上呼び止める事もせず、ただその後姿を眺めていた。
私の薄桃色の封筒は、相手にちゃんと届くのだろう。
これから夏が近づく。
私は、淡い水色の手紙をしまいこみ、帰り道を進む。
いつか、どこかで。
また会えたらいいな、なんて考えながら。
「ここは、とてもきれいな場所。今はまだ出られないけど、もう少しだから」
「なんで君はそう、私に心配をかけるの?たったあれだけの言葉だけで簡単に許さないんだから。――――でも、待ってあげる。だから、必ず会いに来て」