「私ね、木塚君と……その、……付き合い、始めたよ」
私が幼馴染の和哉お兄ちゃんにそう告げたのは、桜が散る頃。綺麗な夕焼けで赤くなってきた小さな公園のブランコ。
この事を言おうと思ったのは、一週間ほど前。なんで今日になったかと言われると「勇気が無かったから」としか答えられない。元々、人に「彼氏ができたー」なんて明るく話せるタイプじゃない私は、ただあれだけの言葉でも相当ためらった上での一言なのだ。
目を見て話すなんてもってのほか。だから今だってうつむいたまま。顔も見れない。
「そっか」
和哉お兄ちゃんの答えはそれだけ。とっても簡潔な一言。
でも、それはなぜかとても痛くて涙が出てきて。あっという間に目から溢れて、ぱたぱたとスカートに落ちて濃い色のしみを作る。
「千奈津……?」
困惑したように名前を呼ぶ声はいつもと同じ。そして私に尋ねてくる。
なんで、泣いてるの?って。
二つも年上なのに、今まで優しくしてくれた和哉お兄ちゃん。小学校の頃に引っ越してきた私に、色々と教えてくれて。一緒にいろんな所に行ってご飯を食べたり。勉強を教えてもらったり。「兄妹みたいだね」なんて言われるくらい仲が良かった。そんな中で風邪のお見舞いに行った時に「千奈津が好きだよ」と言われたのは、もう結構昔の話な気がする。
何でこんな事思い出すんだろう。
お兄ちゃんの事が好きだから、じゃない。私が好きなのは木塚君だ。それは自信を持って言える。いっぱいいっぱい悩んだもの。
私が他の人の人のところに行ったら嫌われちゃうんじゃないかな、とか。好きだよ、といってくれたお兄ちゃんを裏切ったような。一緒にクレープ食べたとか、誕生日にもらった小さな置き物とか。そんな今までの思い出を振り出しに戻すような。和哉お兄ちゃんに対して悪い事をしたような。そんな。ぷっつりと今までの関係を断ち切ってしまったような感覚。
それがとてもとても悲しくて。だから泣いてるのかもしれない。
けど。理由が分かったところで涙が止まるわけじゃなくて。
このときはただ、理由を話す事も無くお兄ちゃんの前で「ごめんね」と小さく呟きながら泣き続けた。
□ ■ □
「今日ね、和哉お兄ちゃんに伝えたよ」
夜。電話口で木塚君にそう伝える。
そのまましばらく他愛ない話を続けて、ふと、自分が泣いてしまった事を喋った。
「泣いた?木田が?」
その声はなんていうか、とても疑問そう。
「なんで?」
泣く必要ないじゃん、と聞こえてくる。
それはそう、なんだけどね。でも。今までずっと仲良かった人との関係が変わってしまうかもしれない事が。これから先、その気持ちは変わるかもしれないけど、今はやっぱり、少し寂しい。……そう思うのは私だけ、って。他の人は思わないって。そういう事なのかな。
そんなわけで、今でもこの理由は私だけのもの。
いつか泣いた事を忘れても。この理由を忘れても。
ずっと、私だけのもの。