最初は、チョコレートが気になっていたんだ。
		 なんであの子はいつもいつもチョコレートを持ってくるのだろう。
		 よくもまぁ、種類が尽きないもんだって。
		 ある意味、感心していた。
 高校生活2年目。5月も半ば。体育祭が終わって、ちょっとみんなの気が抜けた頃。
		 演劇部の助っ人に、とやってきた数人の男子の中に、ちょっと茶色がかった髪を短く切ったチョコレートの彼が居た。
		「彼らは6月の公演までの助っ人だから」
		 淡々と彼らについて説明する部長。そんな部長の横で立っている彼らを眺めながら、僕はその中に見覚えのある顔を見つけて呟いた。
		「あ。いつもチョコを持ってくる子……」
		 そんな小さな呟きをあっという間に聞きつけたのは、隣に座っていた女の子。ストレートのロングヘアーに眼鏡という優等生スタイル。そして、その外見を裏切らない頭を持っていると僕は常々思っている彼女、山之内 澄香。
		 「あぁ、あれがみくの言うチョコレート少年か。塚崎和哉。出席番号16番。だったかな」
		 「……詳しいね」
		 ほら、スミカはいつもこんな調子。
		 この、僕には絶対ついていけないような記憶力に感心してあげた声にも、「クラスの名簿は覚えたわよ?」なんて。目を合わせもせず、ただ、前を眺めながら興味無さそうに呟いた。
 僕の通う学校は、毎年6月に公演をする。
		 演劇だけではなく、合唱部や吹奏楽部もといった、文科系の部活が主で、文化祭に次ぐイベントの一つだ。もちろん、他の学校もいっしょにやるんだけど、この学校は文化部が意外と弱小。だから大体の部活は他校と合同で発表をする。
		 演劇部も、いつもだったら他校と合同。でも、今回は少人数ですむものをする事になったらしい。それはそれで、練習所まで足を運ばなくてもいいし、予定を打ち合わせる必要もない。――なのに、台本が出来上がった後に男子が足りないとか何とか。
		 部長。しっかりしてください。
□ ■ □
「で、みくはあいつが気にかかるわけだ」
		 昼。机を寄せてお弁当をつつきながら昨日やってきた助っ人の話をすると、イズミこと、神田 和泉はすっぱりとこう言った。
		 ショートをそのまま伸ばしたような不揃の髪。ちょっと長めのスカートに少々きつめの言動から、部内で新しく入った一年生だけでなく同級生にも怖がられる事もあると洩らしていた、彼女らしい率直な言葉。
		「いや、気にかかるっていうか、何でそんな結論になったの?」
		 最近ちょっと邪魔になってきた髪をかきあげて、尋ね返す。すると、お隣のスミカがイズミの意見をきっぱりと否定した。
		「和泉。この子の場合、気にかかるのはチョコレートよ」
		「あぁ、確かに」
		 待って。そこで納得しないで。
		 優等生タイプのスミカと何処となく不良に見えなくもないイズミは、その外見から仲が悪いんじゃないかと言われる事が多いけど、実は結構仲がいい。こんな所でそういう部分が見えたりもするんだけど。きっぱりした考え方の者同士、気が合うのかもしれない。と僕なりにこっそり思っている。
		 けどね。今は二人の仲の良さじゃなくて。
		「僕、そこまで食い意地張ってないよぅ……」
		「ほら、澄香ちゃん、和泉ちゃん。あんまりいじめたらかわいそうだよ?」
		 どこか情けないと自分でも分かる声を上げた僕の頭をよしよしと撫でながら二人に言葉をかけるのは桂木 美晴。
		 小柄な身体に、ふわふわの髪の毛。全体的に色素が薄くてお菓子のような女の子。にこりと向けられた笑みは、女の僕でも可愛いと思ってしまう位。
		 そんな彼女はニコニコしながら言葉を続ける。
		「でも、そこでチョコレートを否定したらね、塚崎君が気になるって事になっちゃうんだよ。みくちゃん?」
		 ……あぁ。その笑顔から、簡単に逃げられない事も忘れてはいけない。
		 これはもう、開き直ったほうがいいんだろうか。
		 そーです。僕はツカザキ君が気になります。
		 そりゃぁ、チョコレートも気になるけど、それはただのきっかけで。
		 気が付いたらツカザキ君の方見てました。
		 劇中で出番が重なったら嬉しいなとか思ってたりします。
		 あぁ、考えるとキリが無い。
		 そう、そしてこんな僕はスミカが小さく笑った事に気づく由も無かった。
 放課後。
		 さて、好きだと自覚しただけでは、話が進まないわけで。
		 この次のステップはというと、仲良くなる事。
		「――でも、みくの場合、時間が無い」
		 そう、スミカのいう通り。
		 私とスミカの所属する演劇部は、公演直前を除いて週3日。
		 ざっと計算しても、そんなに日にちは無いと見ていい。
		 この時期を逃してしまったらどうなるか。そんなの僕でもわかる。クラスの中でも接する機会が少ない僕は。遠くでチョコレートを言い訳に眺めるだけに戻ってしまう。
		 そういうことだよね。
		「片をつけるなら6月の公演まで、だな」
		「そうだねー」
		 逃した場合、なんて考えてる僕の真ん前で、タイムリミットをさりげなく設定するイズミと可愛らしく頷くミハル。
		 皆様意見としてはごもっとも。なんだけど。
		「なんで、僕の事をみんなが話し合ってるの……?」
		 ポツリと呟いたその言葉に反応し、一気に視線が集まる。
		 吹奏楽部と運動部の気配がする割に静かな教室には、僕達4人だけ。
		 演劇部と同様に週3日の家庭科部所属のミハルは良いとして。
		 掛け持ちやってるスミカとイズミは放送部……。部活、いいの?
		「なんでって。あんた一人だったら絶対話が進まないからに決まってるじゃない」
		 シャーペンを机にこつこつと当てながら、「部活? そんなの愚問だ」といわんばかりに答えるスミカとそれに頷く他2名。
		「みくちゃんはそう言うの苦手そうだもの」
		「妙な所で億手だからな」
		「……むぅっ」
		 ミハルもイズミも同意見のようで。なんか、こう。馬鹿にされてるような気もする。
		「馬鹿にしてる……? そんな訳ないじゃない」
		 僕を見据えたままのスミカが小さく呟く。
		「私達はねぇ、一応みくの事が心配なのよ。――まぁ、私の場合同じ部活だから見ててイライラするっていうのもあるんだけど?」
		 一応ってなんですか。というかそれより先に突っ込むべきはそこじゃなく。
		「スミカ。僕、何も言ってない」
		「顔に書いてある」
		「えっ」
		 きっぱり返された言葉に反応して、頬に手を当てるというお約束的リアクションをとってしまった僕はそのまま無視されて。話はどんどん3人だけで進んでいく。
		 ずっと聞いてたけど、僕がなんだかついて行けなくなった所で、話は途切れたらしく、僕に向かって軽く視線を向けたスミカが「で、結論だけど」と、口を開いた。
		「みくは部員だし、同じクラスだから仲良くなるのはすぐにできると考えて。適度に話せるようになったら告白。こんな流れが一番なんじゃない?」
		 てきぱきと意見を言うスミカの口調は、君の場合は時間が無いんだ、といわんばかり。クラスメイトだから顔を合わせる時間なんて毎日ある、なんて反論できるわけも無く。
 あぁ、告白なんて。まだそこまで考えてもいなかったのに。
		「何かあったらお手伝いするよ。みくちゃん」
		「話を聞く位だったらできる」
		「駄目でもフォローくらいはしてあげるわよ」
		 交互にかけられる三人の言葉がありがたいのかどうかはイマイチわからないが、僕の勝負は僕が良くわからないうちにココからスタートすることとなりました。まる。
□ ■ □
「配役は以上で決定。今日は台本しっかり読んできてね。はい、解散」
		 先生の一言で、雰囲気が一気に騒がしくなる。とはいっても、ホームルームと違うのは、今回の公演についてががほとんどの話題となっていることか。
		 僕達がやるのは「オズの魔法使い」。
		 僕の役はオズの魔法使い1。1、なんて番号が振られるからには、複数人居るわけで。
		 理由は簡単、魔法使いは双子だった。
		 なんかよくわからない設定だけど、今の僕にはそんな台本設定への小さなツッコミなんかどうでもよくて。問題はもう一人がツカザキ君だという事。
		 果たして、これは喜んでいいのか悪いのか。
		「一応喜んでおきなさい」
		 スミカは隣で自分の科白にマーカーを引きながら、ぽつりと言う。
		 ……いや、だから。僕何も言ってないよ……。
		 単にスミカのタイミングがいいだけだろうか、とぼんやり考えていると、後ろから声がかかった。
		 蛍坂さん、と僕の名前を呼ぶ声は、聞き覚えのあるような無いような。
		 だれだろう、と何気なく振り返ると、そこには台本を持ったツカザキ君が立っていた。
		「えと、蛍坂さんオズの魔法使い、だよね」
		「ぁ……うん」
		 首を縦に振ってみたものの、思わず声が小さくなる。
		 僕の態度が明らかにおかしい事に気付いているのか居ないのか。「出番重なる所多そうだし、一緒に練習しない?」と、断わるなんて出来ないお誘いをあっさりと提案してきた。
		「……うん。その。よろしく」
		 なんかもう。自分でも展開の早さについていけなくなってきた。
		 こんなもんなんだろうか? と、マーカーを引きながら何かを企んでいるような笑みを浮かべたスミカに聞く勇気だけは、無かった。
□ ■ □
「あれ?みくちゃんは?」
		「ん、塚崎クンと二人で練習だって」
		「オズの魔法使い、双子だったってやつか? 誰だよあんな設定考えたの」
		「あぁ、それは部長。それにしても、二人とも仲良くなってきてるわねー」
		「うん、このまま続くといいね」
 そんな会話が教室で交わされている頃。
		「ちょっと、休憩しようか」
		「ぁ、うん」
		 僕らは二人、教室で台詞あわせ。
		 科白も会話も、練習を重ねるにつれてうまくいくようになってきた。スミカ達の言う通り、仲良くなるのはあっという間だった。
		「だいぶできるようになったね」
		 と、鞄からチョコレートを取り出すツカザキ君。箱を開けて「はい、どーぞ」とお互い手の届きやすい机の上に置く。
		 ここ数日見ているが、やっぱりというかなんと言うか。今日も昨日とは違うチョコレート。きっと明日も違うのだろう。練習を始めてから一度も同じチョコレートが出てきたことは、ない。
		「いつも違うチョコレートだねぇ」
		 甘いもの大好きな僕はありがたくチョコをつまみながら、感心して呟く。
		「うん、近所にいろいろ売ってあるんだ」
		 僕の何気ない一言にも、毎日迷うんだけどねー、なんてちょっとかわいい笑顔で答える。ばっちり見てしまったその笑顔はあまりに不意打ち。僕は思わずチョコを運ぶ手を止めてしまった。
		「……ぁー。好きなチョコとか、ないの?」
		 自分の行動に気をとられないように、さくっと次の質問をかける。ツカザキ君は僕の態度には気づかなかった様子でにっこりと笑う。
		「んー、一番好きなのはどこにでも売ってある板チョコ。あれがどこででも食べられるからね」
		 なんて。幸せそうにチョコをほおばりながら答える声は、本当に、いい。
		 このまま練習だけが続けばいいなぁ、とちょっと思ったりもするけど、そういうわけにもいかない。本番は着実に近づいてくるし、同時に僕のタイムリミットも近づいてくる。
		 地道に確実に進む時計をぼんやりと見つめたまま、ふぅ、とツカザキ君には聞こえないような小さいため息をついた。
□ ■ □
「で、どうよ。進展ある?」
		 練習の合間。スミカが突然聞いてきた。
		「え……ぁ、まぁ」
		 仲良くはなってきてるかな、なんてごにょごにょ答える。
		 あぁ。スミカの目がなんだか冷たい。
		「ホント、みくは元気なように見えて、奥手っつーかなんと言うか」
		「スミカ……」
		 やれやれ、と大げさにため息をつくスミカ。
		 そんな事いわれても、僕はどうしようもない。
		「わかった。二人にはそう伝えておくわ」
		「は?」
		 いきなりの通達に頭がついていけなかった。スミカはそんな僕を一瞥して言葉を続ける。
		「和泉も美晴も君の事は心配してるんだからね?」
		 その位の情報、伝えたって他に広まるわけもなし。いいじゃない。と、さりげなくかけられたその言葉。言葉だけだと大変ありがたいが、いっしょに向けられた「にやり」といわんばかりの笑みで一気に半減だよ。スミカ。
		 絶対楽しんでる、と影で確信する。
		 と。スミカが台本を寄せて、耳元で囁いてきた。
		「そういえばさ。告白するの?」
		「ぇ?」
		 またいきなりの質問だ。長い付き合いでもう慣れちゃったから本人には言わないが、スミカの話はいつも何処か唐突だと、僕は常々思っている。
		「まだ……そこまで考えてないし……それに、告白なんて」
		 ごにょごにょ再び。スミカはそれにうんうんと、物分りのいいお姉さんのような顔で頷く。
		「告白なんて、できない。と」
		 やっぱ奥手だね、君。と台本を眺めながらポッキーをかじる。
		 スミカの言葉には、軽くうなだれるしかない。
		「じゃぁさ、科白みたいにして、練習してみたら?」
		 さらりとした提案。いや、それは確かに、いいかもしれないけどさ。
		「練習台だったら、そこらにいっぱい居るじゃない。私でも、和泉も、美晴も。言えばすぐに手伝ってくれるよ」
		 言ったでしょ、君の事を心配してるんだって。とスミカはだ台本に視線を落としたまま呟いた。しかし、その後続いた「何なら科白まで考えるよ?」という提案は丁寧にお断りした。
		 やっぱりそこは、自分の言葉じゃなきゃ駄目だし。そこで首を縦に振ったところで、彼女らがそんな事してくれるはず、ないじゃない。
□ ■ □
「ねぇねぇ」
		 それから数日後の練習のない放課後。ミハルがニコニコしながら話しかけてきた。
		「どうしたの?なんか嬉しそうだねぇ」
		「あのね、誰かお買い物に付き合ってほしいの」
		 僕が、買い物?と視線で聞き返すと、うん、と笑顔が返ってきた。
		「クッキー作るから、材料買いに行こうと思って」
		 なるほど。お菓子作りかぁ、なんて感心していたところ。
		「悪い、これからバイトだわ」
		 とぶっきらぼうながらも申し訳無さそうに謝るイズミ。
		「ぁー、私も行きたいところだけど。残念ながら委員会」
		 と、何かを遮るように軽く手を上げるスミカ。
		 僕はというと。
		「うん、別に今日は練習もないし、良いよ」
		「ゎ、ありがとう。和泉ちゃんも澄香ちゃんも頑張ってね。――じゃぁ、行こう♪」
		 ミハルにしては珍しく、率先的に僕の袖を引っ張って店へと向かった。
「後は、バターがなさそうだけど……いる?」
		「んー。バターはあるから大丈夫。うん。これで全部だね」
		 頭の中にあるメモをみながら、荷物をかごに放り込んでいくミハル。
		 僕はというと、ただカゴの中をのぞきながらミハルについていくだけである。
		「ところで、クッキー作ってどうするの?」
		 レジに並ぶしばらくの間。つたない問いを投げかける。
		「ん? あのね。明日先輩のお誕生日なの」
		 だから何か作ろうかな、って。とかわいく照れた顔で幸せそうに答えるミハル。
		 先輩、とは去年卒業したミハルの彼氏さんだ。まだ、付き合い始めてそんなに経ってなかったと記憶している。小柄なミハルととてもよく合う、優しそうな先輩だったな、なんてぼんやりと思い出してみたりもする。確か、先輩も料理が上手だった。料理好きな彼氏と彼女。これはこれで、ちょうどいいかもしれない。
		「そっかぁ……」
		 その幸せ満開の笑顔に当てられそうになりながら、お金を払うミハルを眺める。
		 と、そのとき。
		「ぁ。蛍坂」
		 後ろから聞き覚えのある声。
		 振り返る。
		 後ろ、いや、隣のレジというのが正しい位置関係。そこにいたのはもう1人のオズの魔法使いこと、ツカザキ君。
		 いやまぁ、なんというか。
		「ぁ……ツカザキ君も、かいもの?」
		 とっさの事だったので、見れば分かるような返事をしてしまった。自分の適応性の鈍さにちょっと悲しくなりながらも、会計が終わったかごをミハルの代わりに持って、袋に詰めるところへ持っていく。ちょうど会計を終わらせた彼も、隣にやってきた。
		「俺はお使い。チョコレートを買ってきて良いっていう条件にすぐつられちゃうんだ」
		 ざかざかと野菜を袋に試行錯誤しつつ詰めながら、照れる彼。
		 僕は特にすることがないので、そんな彼とミハルをぼんやりと眺める。
		「ところでさ、蛍坂は何買いにきたの?」
		 どうにか野菜を詰め終わったツカザキ君は、僕らの方へ向き直った。
		「ん?買い物に来たのはミハル……あぁ、この子ね。僕はただの付き人かな」
		 僕の紹介に笑顔でこんにちわー、と挨拶するミハル。ツカザキ君もこんにちは、と挨拶を返す。なんというか。ほのぼのとした雰囲気。
		「料理、するの?」
		「うん。クッキーとか、お菓子が主だけど……」
		 にこにこと話を続けるミハルに、感心したように頷く彼。
		「いいね、お菓子作りが上手な女の子って」
		「小さい頃からお母さんが作ってるのを見てたから」
		「へぇ、そうなんだ」
		 軽いながらも盛り上がる会話。
		 ……なんか。
		 この二人の会話を聞いていて、ツカザキ君のはミハルのような女の子がいいんだろうか、とふと思った。なんというか、チョコレートが好きな彼には、お菓子作りの上手な女の子の方がいいのかもしれないとか考えてしまう。いや、ツカザキ君に限らず、男の子はそうなのかもしれない。
		 思わず、自分の両手を眺める。どう見ても普通の手。お菓子といったら僕は食べる専門で、当然作るなんてことはなく……。
		 あぁ、なんか悲しくなってきた。
		 好きな人が、別の人を好きかもしれない、なんて。想像でも見てたくないな。
		「……ごめ、ミハル」
		 小さく声を上げる。うん?と振り向いたミハルは、少しだけ首を傾げるように視線だけで「どうしたの」と聞いてくる。
		「……僕、学校に忘れ物しちゃった。今から行けば間に合うかもしれないから行ってくる」
		 表面はできるだけ普通に。いつもの調子で言えば大丈夫。
		「ぁ、じゃぁ待ってようか?」
		 ほら、ミハルも気づいて無い。いつもどおりの笑顔だ。
		「ううん、もう遅いし大丈夫。ミハルは先に帰ってて。じゃぁ、ミハルもツカザキ君もまた明日。二人とも気をつけて」
		 そういって二人にさっさと背を向ける。
		 はぁ、泣きそうな顔なのは自分でも良くわかる。願うなんてことはしないけど、神様、この顔が二人に見られていませんように。
□ ■ □
 次の日、朝から何処と無く憂鬱な気分で学校へと向かった。
		 昨日の夜はよく眠れなかった。ツカザキ君はやっぱり、ミハルのような女の子がいいのかもしれない。小柄で笑顔が可愛くて、料理が上手で。相手のことをいつも思いやれる。そんな、みてるほうが幸せになれるような存在。
		 はぁ、とひとつため息をつく。心なしか、リュックが重い。
		「おはよう、みくちゃん」
		 なんていいタイミング。声の主は振り返るまでもなく。いつものように朗らかな笑顔を向けてくるミハル。軽く走って追いついた彼女は、可愛らしくラッピングした小袋を僕に手渡す。
		「昨日お買い物についてきてくれたお礼。あの後、大丈夫だった?」
		 僕の心境を知らないで。と心のどこかで鈍い痛みを感じながら、「うん……大丈夫」と彼女と目を合わせないように頷くので精一杯だった。僕、これ以上ミハルを見ていられない。
		 なのに。
		 何で彼女は僕の横に居るのだろう。
		「みくちゃん?」
		 そして、何で僕の目を覗き込んでくるのだろう。
		 見ないで。
		 そんな目で。
		 そんな笑顔で。
		 僕なんか勝ち目がないようなミハルで。
		「みくちゃん……?」
		 僕の名前を呼ばないで。
		「ごめん、ミハル。僕今日は先に行くね」
		 僕は、そう一方的に言い捨てて、学校へと駆け出した。
ミハルには先輩がいるから、あってもありえない話だけど。
		 少しだけ、重い感じが胸の辺りにぐっと来る。
		 悲しくて、つらくて。そして、それ以上に感じるこれ。
		 でも。これは僕のワガママだ。ミハルが悪いことなんて、これっぽちもない。
		 ミハルは全然悪くないのに。これ以上、ミハルを見てたくない。
		 ごめんね、ミハル。
[To be continued later...]