「あれ。お客さんだ」
そう呟くのは13.4ほどの黒尽くめの少女。そう。それは黒尽くめ、と呼ぶにふさわしい。
リボンを巻いたシルクハットに上着。肩でそろえた髪。プリーツスカートにハイソックス、ブーツ。そして彼女の身長を軽く超える幾何学模様を先に取り付けたような杖。
それらの色はすべて黒。ハイソックスと瞳の赤、そしてシルクハットから垂れる布の白はほんのわずか。
小高い岩の上に座る少女の言葉を受けて、視線を動かしたのは白尽くめの少女。黒の少女よりはいくつか年上に見える彼女は、腰まである長い髪に、上着。裾が不揃いのスカート、包帯の巻かれたブーツ。瞳の蒼が引き立つほど、彼女は白に彩られている。
黒の少女は岩に腰掛けて、くるくると杖を器用にまわす。三度回して、飛び降りる。
彼女の見上げる視線の先には、一人の人形が立っていた。
その姿は15,6の少女のもの。さらりと流れる黒い髪、人間ではありえない白い肌。着物を着込んだ彼女は、穏やかな、けれども感情の読めない黒い瞳で目の前の少女を眺める。
「いらっしゃい、お人形さん。それじゃ、貴方の話を聞かせてもらおうかしら?」
明るい声をかけられた人形は、かたり、と小さな音をたてて喋りだした。
「もう、遠い昔の話ですので、人形の私では覚えていることが少ないのですが……。
□ ■ □
私は昔に作られた、お茶くみ人形でした。
私の持ち主だったお嬢様は私のことを大変大切にしてくださいました。
最初は幼い姿をしたお茶くみ人形だったのですが、ちょっとでも動かなくなると一生懸命看病の真似事をしたり、私のご飯だといってお茶を入れてくださったり。それは幼い頃の話ですが、大きくなられてからも私に対する扱いはそんなに変わりませんでした。私の中に出来事を刻むかのように、嬉しかった事も悲しかったことも全て、毎日さまざまな話を聞かせてくださいました。
しかし、お嬢様は幼い頃から体が弱く……だからこそ、お茶くみ人形である私が与えられたのですが……彼女は20を数える前に病で帰らぬ人となりました。
その時ばかりは、自分が人形であることをとても悔しく思いました。だって、どんなに悲しくても、泣くことなどできないのですから。表情も動かない、ただの人形。お嬢様のご両親やご兄弟のように、涙を流して悲しめるということがとてもうらやましいと思いましたわ。
彼女の父君も大変優しい方で、その後も、彼女の代わりであるかのように私を大切にしてくださいました、
そして、私がこの家に来て彼女と同じ年になった時、父君は私を年相応の姿にしてくださいました。そして私はお茶くみ人形ではなく、からくり人形となりました。中の歯車などは前と同じものを使い続けていますから、……その、人形にあるというのもおかしな話ですが、私の意識もそのまま残りました。
こうして私はお嬢様よりも多くの時間を生き、彼女の父君よりも多くの時間を過ごし、いつしか私は暗い倉庫の中にただ座って、ただ長い時間を過ごすだけとなりました。
そしてある夜に目を覚ますと、私の周りは炎に包まれておりました……。
□ ■ □
……私の覚えている話は、これだけです」
と、人形は話を締めくくった。
黒の少女は、ふぅん、と小さく頷き、ずっと腰掛けていた岩に背を預けた。
白の少女は、何かを堪えるかのように動かない。じっと、動かないようにしているかのよう。
「なるほど。だから貴方はここへ来たのね」
人形も「はい、」と小さく答える。
少女は杖をくるりと回して口を開いた。
「ところで、一つ聞いてもいいかしら?」
人形は頷く。少女も満足そうな顔をして、その問いを投げかける。
「今まで一言も出てこなかったけど……貴方のなまえは?」
それは、今までと同じ口調。同じ表情。
なのに、単語が聞き取れない。
人形は、そのかき消された単語に戸惑うことなく、目を閉じた。
「ごめんなさい……私にはもう、あの頃なんと呼ばれていたか覚えていないんです」
とても静かで、はっきりとした回答。
答えはない。少女はその答えに落胆の色を見せることなくにっこりと笑った。
「そっか。そういう答えのヒトも居るのね……気付かなかったなぁ」
杖をくるくると回しながら、少女はうーんと考え込む。
「そうだなぁ。無いなら私があげよう」
ね?ととてもいい考えが浮かんだと言わんばかりの表情に、人形もゆっくりと頷く。
その是の答えを受けた少女は杖をくるりと回し、一輪の花を手に取った。
「これ。貴方にあげるわ」
それは緑の葉に咲いた、6枚の真っ白な花びら。その小さな花を、人形へと渡す。
「これが、貴方のなまえ。どう?」
ぱき、と小さな音にかき消されたその単語。白の少女がぎゅ、っと唇を噛む。
「……ありがとうございます」
とてもうれしそうな声。そして、その人形は初めから居なかったかのように姿を消した。
「はぁ、今回も分からずじまいかぁ」
聞くんじゃなくて、自分で与えちゃったしね。とどこかすがすがしい顔で風に当たる。
「私たちのなまえを知るにはまだ早い、ってことかなー」
「……そうね」
頷くと同時に、はぁ、と深いため息をつく白い少女。
「今回は、彼女の世界を壊すのをよく堪えたね」
「相手が初めから覚えていなかったから……。それにしてもマザー・グース。何であの花を?」
その質問は、意図が分からないといわんばかり。
黒の少女はにっこりと笑った。
「あれはくちなしの花だよ、ハンプティ。私が彼女にアレをあげたのはね、彼女にはあの花言葉がぴったりだと思ったから」
赤い瞳で青い空を眺め、それを風に乗せた。
「私はあまりにも幸せです、っていうんだって」
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